「無芸(蕎麦)大食」

 

1年ほど前に「鍋焼きうどんを3倍楽しむ方法」というのを書いた。面白かったと言ってくれた人もごく少数いたが、あまりにセコイと呆れられた。

今回は名誉挽回。普段はなかなかできない贅沢な蕎麦の食い方を伝授したい。名付けて「シャッコイ蕎麦(冷)とアッツ蕎麦(熱)で4倍楽しむ方法」である。

蕎麦好きが、蕎麦屋の暖簾をくぐったら、まずは「もり」である。だけど、寒い時は熱い蕎麦も魅力的だ。

こういう時は、思い切って贅沢をするのだ。朝飯を抜いて、こころみるのもいいだろう。

いつもはよそさまが食べているのを横目で見ているだけの「天ざる」をこの際ぐっとフンパツして注文するところから始まる。

天ざるがうやうやしく目の前に来ても、がっついてはいけない。最初は、質素に蕎麦だけをすすりたい。

できれば、ネギもワザビも入れずに、蕎麦とつゆのみで味わいたい。純粋に「もり」を楽しむのだ。

その後はフリー。待たせた海老天を思いっきりガブリ。但し、食すのは1本のみ。もう1本は残しつつ、豪華な天ざるを楽しむ。ここで第1部終了。

ここから第2部。シャッコイ蕎麦を食い終える少し前に「かけ」を注文しておくのがコツ。

落語の「時そば」に登場するようなシンプルな熱い蕎麦をまずは軽くすすった後、今度はネギをたっぷり入れて―天ざるで残しておいたネギもここで全てぶちこんで―一味唐辛子を適度に振りかけて―とりあえず半分だけ食す。つゆはまだ澄んでいる。

さあ、ようやくもう1匹の海老天の出番だ。残りの蕎麦におもむろにコイツを入れる。澄んだつゆに油がサーッと広がってゆき、えもいわれぬいい匂い。

もうお分かりですね。天婦羅そばを頼んでも、天南蛮を頼んでも、海老天は始めっから入っているでしょ。

それはそれで美味なのだが、この方式は2段階で蕎麦を楽しめる仕組みになっているのがミソなのだ。

つまり、第1部では「もり」と「天ざる」の2つ。第2部では「かけ」と「天婦羅そば―海老天1本バージョン」の2つ。都合4つを楽しめるわけだ。

2つ食う奴は結構いて、同類かぁと意識する。剣豪のように「オヌシできるな」と睨みつけるのではなく、「あんたも好きねえ」と心の中で呟いてすれ違う。

 

2014年4月号