霜石コンフィデンシャル135 高 瀬 霜 石
「無芸(蕎麦)大食」―三枚目―
「高砂」で偶然出会った蕎麦好きのオヤジに、なんとナンパ?されたところで、前回終わった。
「旅人には親切にしてあげましょうよ」と、同居人が僕によく言う。確かに、旅先で親切にされると、その街が大好きになってしまうものなぁ。
ある日、ある街でのこと。長旅で疲れ、連日の宴会に疲れた夕暮れ。早めにホテルに引き上げて、風呂に浸かり、さっぱりと冷や奴なんかでキューッとやって、早めに寝るかなと、近くのスーパーへ出かけた。
小さな豆腐のパックを手に取ったはいいものの、はてさて醤油は?なんてウロウロしていたら、どこの街にでもいる親切なおばちゃんが声をかけてくれた。
「アラ、何かお探しですか?」と聞くので、カクカクシカジカと話した。彼女はコックリ頷き、こう言った。
「あなた、ちょっとここで待ってなさい」
彼女は、すぐに戻ってきた。
「このお醤油は、ホラ、そこのお寿司屋さんから貰ったの。お豆腐食べるんなら、スプーンもいるでしょ。コレはそこのアイスクリームさんから貰ってきたのよ。あと欲しいモノはない?大丈夫?」
そんなコトが旅先で何度もあったから、僕もせめて旅人にだけは親切にしようと思っているのだ。
ひょんな事から、蕎麦好きオヤジにお茶を誘われたが、さてどこに連れて行ったらいいものか。行きつけの蕎麦屋は何軒かある。飲み屋も、本屋も銀行もあるけれど、喫茶店なんてしばらく行ったこともない。
聞けば、今日東京には帰るが、乗る電車までは決めていないという。となると駅に近い方がいいだろうから、代官町にある僕の実家兼事務所へ―駅に近いし、その日は誰もいないので―連れて行き、三〇分ほど、本や映画や蕎麦の話をして別れた。
―週明けの月曜日。―
出勤してきたアルバイトの女の子が、事務所の隅に落ちていた黒っぽい手袋片方を発見。男もの?でも小さいから、女もの?誰か来たっけとなった。
ここを訪れる人はごく少数。2、3人こころあたりを探ったが、全員ハズレ。誰だろう?
真犯人が、あの蕎麦好きオヤジと僕が気づくまで、結構時間がかかった。落ちていたのが、イヤリングなんかじゃなくて、ホントよかった。
2014年6月号