霜石コンフィデンシャル94   高瀬 霜石

 

「2つの顔を持つ男」

 

前号で狸のエルトンの生まれ変わりで、その後、僕の守護神になった狸犬のことを書いた。

彼がウチに来た次の日。仕事から帰ったら、あろうことか、僕になんの相談もなく、彼は《ジョン》と名付けられていて、同居人と楽しくじゃれあっていた。

僕は、愕然とした。

「狸の《エルトン》が、まずは初代の訪問者。犬の彼はその次の訪問者だから《エルトン・ジョン》の順序でいっても《ジョン》で正解」と、息子はのたまう。

「息子の洗礼名が《ヨハネ》だから―息子と入れ替わりに来た彼にはピッタリの名前」と同居人も同調する。

「オイ、オイ。雑種の日本犬が、そんな名前じゃあ肩身が狭かろうよ。せめて《佐助》とか《ムサシ》とかに」と提案したが、多勢に無勢。勝ち目は無かった。

そうなればなったで、ちゃんとしたフルネームを考えてうやらねばならない。飼い主は飼い主に似るというが、彼は僕に似て、あまり胃腸が丈夫でないことが判明。俳優の《ジョン・マルコビッチ》にあやかって《ジョン・ウンコビッチ》と命名した。

ペットを飼うのはいいが、旅行の時は困る。

その頃、妹夫婦は子育てに追われていたが、数日預かるくらいは楽々OKと言うので、大いに甘えた。

僕の方は、浮世の義理で出席しないといけない食事会とかがあり、同居人と2人きりはいかにも淋しいので、妹夫婦の息子と娘を、時々拝借した。

久しぶりに静かな時間を持つことができたと喜ぶ妹夫婦と、幼い子供を持った幸せな親を、つかの間でも演じることができた僕たち夫婦との利害関係(?)がピタリと一致したので、「レンタルペット・レンタルキッズ」と名付けて、結構楽しんだものだった。

ジョンはよく脱走し、妹の所へ逃げて行った。妹はその都度、大層喜んだ。彼を預けに行った時のこと。

「ジョンのために、今ご飯炊いてるの」と妹が言う。

「エー?ジョンは飯嫌いだよ。パンが好きだよ」

「エー?ジョンだっきゃ、ウチに来ればパンはフンで、ご飯大好きだから、今炊いてるんだよ」

これには驚いた。彼は2つの顔を持っていて、それを巧みに使い分けていたのだ。彼は、妹の家を妾宅のように思っていたのだろう。