私が勤めていた頃、M君とは一番親しい関係にあった。とても温厚で率先して作業もするし、冗談なども言える気の置けぬ好男子だった。

ある年のお正月三日に、M君の奥さんとお子さん、それに奥さんの友人三人は静岡のある山に遊びに出かけたが、帰る予定の時間を過ぎても戻らないので、M君は近くの交番を始め、隣接する警防団、またM君の住む官舎の近くの人達で、数班の捜査隊を組み捜しに出かけたが、奥さんがよく利用するスーパーの袋が見つかっただけで、その夜の捜査は打ち切られた。

これはテレビのニュースでも大きく取り上げられ、また奥さんは山への経験は豊富な方であることも報じられていた。私も心配になり、M君の自宅に何度も電話をしたが通じなかった。

次の日は早朝から再び捜査隊を組み捜しに出かけたが、四日は仕事始めの日。上司の新年の挨拶や、上司への挨拶回りなどで慌しい中、やがて三人を無事発見の知らせが入り、職場の皆が笑顔と拍手の波に揺れた。中には大声で万歳を三唱する人達もいた。

恒例の挨拶も終わり、昼前に自宅へ戻り早速テレビを点けたところ、無事下山中とのこと。そして捜査本部の前にはM君の姿もあった。やがて警防団団員に先導された三人の姿が、五、六十メートル先の茶畑に姿を見せた。M君は両手を口に当てて、二度三度とお子さんの名前を大声で呼んでいる。

だが、ここで不審に感じたのは、何故無事姿を現した三人のもとへM君は駆け寄らなかったのだろうか。テレビを見ていて不自然であり、不可解な行動として一つの謎のようなものが胸に残った。

この一件のほとぼりも冷めた頃、悪いとは知りながら、その事をM君に聞いてみた。一瞬困惑の表情を見せたが、「僕はテレビ局の人達の言う通りに行動した」との事。

結局テレビ局では、無事発見の時点から普通のニュースをドラマ化に転じてしまったのだった。M君は自由を奪われ、主演男優の立場に立たされての演技を忠実に演じ切ったのだ。謎は解けたけれど、何か胸に残る物が今も消えていない。