静岡川柳たかね 巻頭沈思考バックナンバー
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「ああ、憧れの一戸建」  伊豆市   谷口 智美


 親の持ち家で育ち、結婚後は夫と二人、十九年間アパート暮らしを転々としていた私。家にコンプレックスを持つことなく育った私と、跡取りではない夫は、子供もなく、特別持ち家を夢見ることはなかった。けれど、部屋の部品がすべてアパートサイズのうえ、花ひとつ植えるにも、狭いベランダにある物干しと、エアコンの室外機と、小型の物置ボックスのすき間に場所を見出して、水をやるにも階下の様子を伺いながら世話する始末。土地も資金もないくせに、TVや雑誌で目にするたびに「中古の平屋の一戸建てとかいいよねぇ」と話していた。
 ところが昨年の十月、私がひとりで近所を散歩中にふと空家の立て札を見つけた。それがなんと、中古の平屋の一戸建て。即、立て札の番号に携帯で連絡をとり、後日夫も一緒に見に行ったときには私の心は決まっていた。棚ボタのように見つかった家への夢は、内装の改修がすむ入居日までの約一ヶ月でどんどん膨らんだ。
 が、いよいよ引越し真近になり、小物を運び込むときに、押し入れの奥に虫の巣を発見。慌てて大家にかけ込んで、すぐに処理をしてもらった。玄関に電球をつけようとしたら、とり付け口が割れていた。スペースだけになっていた洗面所には、家の中とは思えぬ、庭で長靴を洗うようなものがドンと設置してある。ウォッシュレット付という筈のトイレはフタをあげたら裏が割れていて通電しておらず、タンクの水はゴォーゴォーと、いつまでも止まらない。見れば見る所に驚いて大家を呼ぶものだから、私も疲れたが、大家も嫌になったことだろう。手伝いに来てくれている母と、姫路で留守番している父は、しばらく荷をほどかず様子をみろと言い出す始末。トイレのタンクの水が、真夜中廊下に流れ出し、川になった時は、夫と二人無言のまま、手あたり次第の布で水を吸いとり、バケツに絞り、私も不安になってきた。しかし、ここで泣き寝入りなんかするもんかと、逃げまわる大家をつかまえ、仲介業者にも交渉し、ひとつひとつクリアしていった。まだ未完成のところもあるし、これからむかえる初めての梅雨、夏、台風のことを考えるとひたすら恐ろしいが、とりあえず古さにも愛着がわき始め、なんだか私の家らしいなと思えるまでになった。むき出しの洗面台も百均グッズを使いまわし、次第にお気に入りのメイクルームになってきた。掘っても掘っても大きな石や異物がゴロゴロ出てくる庭も、草をむしり、少しずつ花を植え、気分だけはガーデニングを楽しんでいる。このところ少しおとなしいが、いつ何が起こるか気は抜けない。それでも夢の戸建の平屋のマイホームなのだ。

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(2006/07/09(Sat) 00:43:39)

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