静岡川柳たかね 巻頭沈思考バックナンバー
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還暦前の無謀な挑戦  焼津市  増田 信一

朝刊をいつものように見ていると“初心者でも簡単にボートの免許が取れます”という広告が目に入った。後一ヶ月で還暦だし、その前に脳味噌がまだ腐っていないか、体にガタがきていないか確かめるには丁度いいと思い、申し込みをした。学科講習二日で、実地講習が一日、その後試験の日程。その間十日のハードスケジュールと聞き、「簡単に免許が」との話が甘いと、この時うすうす思うようになった。
学科講習は二日間で、朝九時から夕方五時まで聞き慣れない用語に悩み、脳味噌は久しぶりに引っ掻き回され、仕事の何十倍も疲れた。そして、どうせ受けるのだからと一級に申し込んだツケが学科の二日目に来た。二日目の海図の問題は、コンパスと定規を使って解く問題で三問ある。これを落とすと、ほぼ不合格となると聞き、目の前が真っ暗になった。
家に帰り、なんとか楽に解くことができないか、三日三晩考えて出した結論が、海図の問と答えを全部丸暗記することだった。というのも、この試験に出る問題は決まっていて、各々の問に対して二十問の中から必ず出題されると聞いたからである。
海図の問と答えを丸暗記してしまえばと、仕事もそっちのけで衰え始めた頭に叩き込んだ。この時、脳も使えば使うほど疲れるものだと痛感した。
 試験はこれで終わらず次が待っていた。実地講習である。船に乗ったことはあるが、大きい船がほとんど。  
五メートル足らずの船ではあるが、いきなり操縦である。車はハンドルを左右に切っても傾くことはないが、小船は大きく傾く。それもひっくり返るのではないかと思うほどである。その内に船酔いをしてきて、吐きそうになった。ここにきてやっと免許が簡単に取れるという広告に騙されたかと思い始めた。
 でも、ここまできて引き下がったら男の名折れと思い直し試験に臨んだ。幸いにも丸暗記作戦が功を奏し、実地も優しい試験官にあたり合格することが出来た。人間年は取っても必死になればなんとか出来るという事を、この年になり改めて学び教えられた。後で聞いた話だが、私が最年長の受験者だったらしい。
[53] (2009/08/07(Thu) 14:12:04)



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