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霜石コンフィデンシャル52     高瀬 霜石

  「 僕のスター・若尾文子 」

僕の銀幕の初恋の人を紹介したい。
最近の人は、彼女を知らないだろう。つい先日の都知事選に出馬して世間をにぎわした変なオヤジ、建築家・黒川紀章の奥さまと言った方が、今は通りがいいのかもしれない。
随分前のことだ。偶然、若尾文子のテレビインタビューを見た。彼女は夫のために毎日三度三度せっせと食事を作るのだという。女優という人種は、岩下志麻のように家事は一切しないものだと思っていたから驚いた。
しかも、彼は食事にとてもウルサク(いかにもそう見える)しかも、家できちんと食べないと気が済まないタイプなのだそうだ。『彼の大好物はナマズのみそ汁なのよ』と、ニコニコ顔で彼女は言った。
彼が食卓につくやいなや、朱塗りのおわんがスーッと出ないと機嫌が悪くなるのだという。そして、おわんのふたを開けた瞬間、真っ正面にナマズがドンと鎮座し、彼をぐぐっと睨み付けていないと駄目なのだそうだ。なんともやっかいな男である。(笑)この話を聞き、彼に嫉妬しつつも、流石は建築家、角度にはウルサイのだなと思った。
僕は東映チャンバラ映画で育った。当時の東映の三人娘(大川恵子、桜町弘子、丘さとみ)が、作品ごとに交代でお姫様や町娘を演じたが、色気はゼロで、まるでお子様ランチだということは、子供心にも分かっていた。
一方の大映には、若尾文子がいた。彼女はとにかく美しく、色っぽかった。声もまるで珠が転がるように艶やかだった。 彼女は大映のスターとして、文芸路線、心理サスペンス、エロチックなミステリー、時代劇などいろいろなジャンルをこなした。一見、平静な表情だけれど、その内に潜む女の情念のようなものをしっかりと演じた。それは終始一貫、どんな作品でもそうだった。
 特別の一本となると、昭和四十一年の「刺青」(原作・谷崎潤一郎)だろうか。背中いっぱいに女郎蜘蛛の刺青を彫り、男たちを惑わせる芸者役の彼女は、今も僕に目に焼き付いている。
 昭和八年生まれの彼女は、東京から疎開して仙台に来た。都会の雰囲気を漂わせていたその美少女は、たちまち評判になった。井上ひさしの自伝的青春小説「青葉繁れる」に登場する男子高校生のマドンナ的女子生徒は、県立第二女子高時代の彼女がモデルである。
 井上ひさしが、自分の故郷(山形県川西町)に蔵書を寄贈し、図書館の一角に「遅筆堂」なる彼のコーナーが開設されたと聞いて、井上ひさしファンの僕は勇んで出掛けた。
 入るとすぐに大きなパネル。着物姿に日本髪を結ったそれはそれは艶やかな若尾文子さまが僕にほほ笑んでいる。悔しいことに、彼女のひざを枕に井上ひさしが寝転んでいるではないか。大いに嫉妬したが、でも、これで彼の長年の夢が叶ったのだろうなあとも思った。
           初恋の人は三人おりました  霜石

[25] (2007/06/26(Mon) 08:38:05)



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