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霜石コンフィデンシャル64   高瀬 霜石 

 「パ ニ ッ ク ・ ガ ー ル」

 三月のある晩のこと。友人夫婦が遊びに来て、飲ん
で、帰ったのが十時頃。僕は玄関でサイナラをし、同
居人は表まで出て代行車を見送った。
 しばらくしても、同居人が入ってこない。そのうち
に玄関の方でなにやら話し声がする。なんだろうと行
ってみると、同居人の側に見知らぬ若い娘が立ってい
て、シクシク泣いているではないか。
 や、や、これは事件かと思うでしょ。そしたら、な
んてことはない。ケータイをトイレに流してしまい、
アセって公衆電話を探しに出た。あるわけがない。途
方にくれていたところ、同居人と会ったのだという。
「なんだ、そんなことか。じゃあ、とにかく中に入っ
て、いろいろ電話しなさいよ。それにしたって、泣く
ほどのことではないべな」と慰めたが、彼女はパニッ
ク状態。世にいうケータイ依存症ってやつですな。
 近所に住んでいる弘大生らしい。「私、大変なことし
でかしちゃった」などと、実家や友達に泣きながら話
しているのを聞いて、つい笑ってしまった。
《大変なことをしでかす》なんていうのは、人を轢い
たとか、刺したとか、金を使い込んだとか、そんな大
変な場合でしょ。たかがケータイですよ。
「落としたのなら、悪用されることもあるけど、その
心配ははいし、だいたい、アメリカの大学ではケータ
イ禁止なんだよ。知ってるかい?」とからかうと、「知
ってます。エーン。」とまた泣く。「どうだい。気晴らし
に一杯やる?」誘ったら、同居人に叱られました。
 甘いものでも食べれば落ち着くからどうぞと、同居
人がお茶とクッキーを差し出した。すると、彼女は、
半分泣きじゃくりながらも、こうのたもうた。
「ワタシってぇ、和菓子なら食べれるんですけどぉ、
洋菓子は、ダメなヒトなんですぅ」
 盛岡の実家に明日帰るという。こんなことでわざわ
ざ帰るかいと言うと、「だって実家が電器屋で、そこで
買ったものだから」と、また泣きべそをかいた。
 それから二日後の、夜八時頃。おそらく実家で持た
せてよこしたのだろう、大きな「南部煎餅」の袋を抱
えて、彼女はやって来た。
「オラってぇ、津軽煎餅は食べられるんだけどぉ、南
部煎餅は、ダメなオヤジなんですよぉ」なんてセリフ
をグッと飲み込み、ありがたく頂戴しました。(笑)
[35] (2008/06/26(Wed) 08:38:05)



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