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「夏目&霜石」

高瀬 霜石


 浮世の義理でやむなく引き受けたFMアップル・ウェーブの「やじうま川柳」という番組が、開局から数えて七年目に入ってしまったと前号に書いた。
 月から金まで、とりあえず毎日テーマを変えてごまかしているが、一番やっかいなのが「時事川柳」なにぜこいつは鮮度が命。「とりだめ」がきかないのだ。
 運良く世界一になったワールド・ベースボール・クラシックだったが、二次リーグの韓国戦を思い出してほしい。韓国に負けて一勝二敗になり、準決勝進出ならずと、誰もがため息をついたあの日のことを。
 そしたらなんと、本命アメリカが格下のメキシコにまさかの敗退。あれにはびっくり仰天。奇跡のタナボタに、いつも冷静な王監督が、sのでっかい目玉をさらにでっかくして驚いていたものねえ。
「倉田さん。準決勝進出ならず、残念でしたねえ」なんて、つい先どりしていたとしたら、実は大変。「とり直し」となると、まず彼女と僕のスケジュール調整をして、それからスタジオ確保をしてもらう。こういう場合たいていは、放送当日の午前中に駆け込み再録音となる。ぎりぎり、滑り込みセーフというわけだ。

 吾輩は猫であるから辞退する

 時事川柳とくれば、読売新聞と決まっている。明治三十年代から募集を呼びかけ、百年以上の歴史がある。現在も凄い競争率で、他の新聞の比ではない。
 一九一一年(明治四十四年)の「よみうり時事川柳」に載ったこの句。この年の二月、夏目漱石は文部省から文学博士授与の連絡を受けたが辞退した。世間はこれを快挙とし、漱石人気はますます高まったという。
 当時、博士号の授与は文部省で扱っており、大正七年、大学令の公布で各大学の権限となったのだそうだ。
 話は飛ぶ。三月の半ばRABラジオのディレクターから打診があった。四月から「時事川柳」を取り上げたいが、強力してくれるならこの企画進めようと思うがどうかと言うのだ。川柳ファンを一人でも増やしたいこちらとすれば、当然のこと受けるしかない。
 毎月第一木曜日、二時から三時まで。津軽からは僕、南部からは栗橋くにお氏が交替で受け持つことになった。相方のアナウンサーは、残念ながら男性。その名を夏目という。「夏目&霜石」コンビの誕生である。一時間の生放送というから、さてどうなることやら。

[13] (2006/06/08(Wed) 19:34:38)



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