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霜石コンフィデンシャル65   高瀬 霜石

「灰 さようなら」

 僕には二つ違いの弟がいる。弟はなんでも器用で、無器用な僕は子供の頃からずいぶんと助けてもらった。僕らは兄弟というよりは友達のような間柄であった。
 僕が大学三年の時、弟も上京してきて、一緒に暮らした。器用な弟は、僕のやることを見ていられなくて、炊事も洗濯もみーんな彼がやってくれた。
 僕がサラリーマンになってからは、稼ぎの悪いのんべえ亭主(僕)と、やり繰り上手、料理上手しっかりものの妻(弟)という図式であった。
 もともとピアノが弾けたから音感がよかった弟は、僕が教えたギターも、すぐに僕よりも上手くなった。
 その後、弟は東京で音楽関係の仕事についた。大好きな仕事だったので、当時はいきいき動き回っていた。
 ― この一月某日。その弟がぽっくり逝った。―
 数年前に会社が倒産してから、生活が荒れていたのは知ってはいたが、僕の忠告を聞くような素直な弟ではなかった。それにしても突然であった。
 弟の遺志で、身内だけで葬儀を済ませた。何度か上京したが、行く度に、ぬれ雪が降った。
 斎場の火力が強いのか、荒れた生活のせいなのか、弟の骨はスカスカ、カサカサであった。その軽い骨箱を抱えて帰って来た新幹線の中での兄弟の対話。

僕「お前のことを思って歌を作ったよ。《弟を迎えに来たら雪になる 無頼なものの軽き骨箱》どんだ?」
弟「兄貴よ。川柳って五・七・五だろ?これってかなりの字余りではないのか?」
僕「馬鹿者。これは短歌だ。では、川柳を詠もうか。《わたしは泣き虫 おとうとは弱虫》どんだ?」
弟「これが川柳?五・七・五じゃないよ」
僕「(苦しまぎれに)上が八音、下が九音。足して十七音で、OKなのだ。では、お前にピッタリなのを詠んでやろう。《この世をば どりゃあお暇と 線香の 煙と共に 灰さようなら》これはどんだ?」
弟「兄貴。これはいい。なんとも粋で、豪快で、潔い。太く、短く生きた俺にはピッタシだ」
僕「そうか。実はこれは、十返舎一九の辞世の歌なのだ。狂歌といった方が正しいかもしれないな」
弟「そうだろう。とても兄貴の作とは思えなかったもの。レベルが違う。それにしても、やっぱり兄貴より俺の方がセンスがいいな」と骨箱が揺れた。
[36] (2008/07/29(Mon) 14:33:59)



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