桜満開の道を今年はまだダウンを着て、いつも以上に疲れて帰宅した3月末、郵便受けから取り出した物の中に『無料旅行招待状在中』という封筒があった。とっさに「またぁ。どうせ全員に出すDMなんて、もったいない。タダより高いもんはないよねえ」とただいまを言いつつ仏壇の弟につぶやいた。それきりほったらかしていたが、ゴミの日に外袋のビニールと中の紙を分けるために開封すると「?」よくよく読むと「!」そういえば1月末、喫茶店のキャンペーンにいちおう記入したっけ。ペアではないので少々迷ったが(ワインセラー見学)にひかれて参加した。さて当日、雨こそ降っていないけど冷え込む早朝6時に三島駅集合。2時間ほど順調に走って着いたのがまず『真珠工房』とりあえずここは私には縁がない。九十分もとってある時間をどう過ごそうか…。でも、中学時代以来のバス旅行。出発時間を確かめながらバスを降りる足取りは軽い。館内まず、ネコ足のバスタブにたっぷりと入っているパールを前に、本当の真珠の美しさを見事なトークで説明される。うっとりはするものの、ゼロの数が私をすぐに現実にひき戻す。続くフロアは売り場だ。わっと囲まれたようなムードに一瞬怯んだものの、マンツーマンで話しかけられ逃げ場はない。そのまんま時間をやり過ごそうとしたがふと、イヤリングに目が止まった。その、私の一瞬の心の動きをプロが見逃すはずがない。すかさず、手にしていたネックレスを離してイヤリングを取り、私に試着をすすめる。と、飾り気のないショートにして久しい私の顔がパッと明るくなった、気がした。いちおうプライスを見ると、私でも一目でわかるゼロの数。私のレベルにしては高価だが、店員のお世辞に合わせて心の声がそそのかす。「いいじゃん、自分に合格祝いをあげちゃえば」と。結局、九十分後バスに乗り込む時にはカルチャーバッグのような袋をひとつ下げていた。そこからほどなく二番目の立ち寄り場所、ワインセラーに到着。ここでは三十八名が3つのグループに分けられ、1グループに2人つき、トークと試飲を楽しませてもらい、ワインのウンチクに肯きながら気がつくとまた手荷物が。そして、次の立ち寄り所はいよいよツアー名にもなっている『八ヶ岳の裾野の一軒宿で昼食と温泉』である。大奥の行列が出てきそうな大広間での食事とぬるめの湯でゆっくり過ごし、この頃にはもう、朝初対面だった人達の中におしゃべり友達ができていて楽しい。最後の立ち寄り場所である『八ヶ岳チーズケーキ工房』に降りる時は、トイレ休憩くらいの気分だったのに、大好きなチーズのカチョカバロを作っているおじさんと話して、試食したりしてバスに戻る私の手にはまた一つ手荷物が。どうやら旅先の店には、入った時より重くないとドアが開かない仕組みになっているようだ。ま、やられたぁと思う反面、帰宅後、みやげ話をしながらひとつずつ取り出すのも旅の続きかもしれない。この思いがけぬ旅で私がもらったものは、いつもは私が迎える観光客の心理と、バスの中でできた友達と、そして真珠のイヤリング…をいつか片方失くしはしないかという心配のタネだ。