霜石コンフィデンシャル139   高 瀬 霜 石

 

「無芸(蕎麦)大食」

―七枚目・ちょっといっぷく―

 

郷土弘前の直木賞作家、長部日出雄さん。氏は小説家だが、映画評論家でもある。氏の一番好きな女優は、確か、高峰秀子だったと思う。

▼高峰秀子―大正十三年生まれ、5歳で映画界にデビュー。以後、デコちゃんの愛称で国民的アイドルに。松山善三監督と結婚。女優引退後は、エッセイストとして活躍。平成二十二年、八十六歳で没―

日本初の総天然色映画「カルメン故郷に帰る」(昭和二十六年)での彼女の短パン姿(太腿)に、クラクラしてしまった長部少年、何かで読んだなあ。

名作「二十四の瞳」(昭和二十九年)で知られる名匠木下恵介監督が、ひと昔前の「文藝春秋」に、高峰秀子のことを書いていたので抜粋しよう。

 

―秀子さんはとにかく気を遣わせない女優ですから、監督にとってはありがたい存在です。女優に《女の魅力》を発揮され、甘えられると面倒くさくなります。

「先生疲れたわ」と肩寄せられてきても困るし、「暑い、暑い。早く終わって帰りたいわ」なんて言う女優も面倒です。その点、秀子さんは違う。どんな時でもじっと耐えています。

彼女との初めての仕事は「カルメン故郷に帰る」でしたが、会社がカラーの仕上がりに不安を持っていて、カラーと白黒の2本を撮影しました。だめだったら白黒にしようと思っていたのです。彼女は3か月にわたる撮影期間中、いやな顔ひとつ見せませんでした。

とにかく合理的で無駄がきらいな人です。その場その場で思ったことをズバズバ言いますから、秀子さんはこわいと思った人もずいぶんいるようです。

面白いと思ったのは、戦後、物のない時代から少し抜け出た頃、お宅へ伺った時のことです。近くの蕎麦屋から出前を取ろうという話になりました。

お手伝いさんが「ざるを三枚」と電話をかけていたら、「なに言ってんの。ざるなんかじゃなくていいのよ、もりでいいの。うちで海苔をかければおんなじ」。

金を惜しむ、ということよりは、普段からそういうことがバカバカしいと思っている人なのですよ―

 

いいですねえ、高峰秀子。スター然としてなくて。

こういう蕎麦エピソードのひとつでもって、彼女の人柄が伝わってくるものなあ。流石慧眼、長部さん。

 

2014年10月号